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1月27日 事前交流会「戦争体験 講演会 〜今、平和を語る〜」報告

1月27日、3月例会「父と暮せば」の事前交流会へ参加しました。

お話ししてくださったのは、北島 令司さん。95歳とのことですが、背筋が伸びてしっかりとした口調。お若い!
戦時中、戦闘機のパイロットをされていました。
1月27日高学年事前


丁寧に言葉を選びながら穏やかに、でも「戦争をして得るものはない。絶対にしてはいけない。」と
強い想いを込めて当時のお話をしてくださいました。


長男以外は、「男は外へ出ろ」という時代。
北島さんはパイロット養成学校へ入りいよいよ卒業、という前日に「軍隊へ入れ」という命令により陸軍へ。

そして戦場へ行く日がきました。この時、北島さん19歳。
最後の別れのために家へ帰ったときのこと。
村の人が「ばんざい!」とお祝いをしてくれたそうです。
でも、親からすれば子どもが死にに行くわけです…。
「今日はそばで寝ろよ」と、寝ている間、手を握っていたお母さん。
同じ母である私は、お母さんの気持ちを思うと涙なしでは聞けませんでした。

そのほかに、
戦闘機で飛び立ったけど、2度エンジントラブルと引き返してきた仲間(小さい子どもがいた)の話
飛び立つ夫に心残りがあってはいけないと、自ら命を絶った妻子の話
北島さんが海の上を飛んでいた時、眼下の海に放り出された人たちを助けられなかった話
北島さんの目の前で撃墜された同僚の両親に会いに行った時の話 など

本当に胸の痛むお話でした…。

戦争が終わり、「仲間たちは死んだのに、なぜ自分は生きているのか?何のために?」と自問され続けているそうです。
そして、生き残った自分にできることはボランティア活動ではないか、と地域の活動に取り組まれています。
目標は神奈川県で1番!
貴重な戦時中の話を聞いて平和について考えるとともに、北島さんの前向きな生き方に元気をいただきました。

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参加した「ひろさん」の感想です。

わかりやすいお話の仕方で、真摯に伝えてくださる姿勢が素敵でした。

国のために命をかけて戦うよう、上からの命令に疑問をもたないよう、教育された時代がありました。
「そのように言われ続けたら、そう信じてしまいます。教育は大事ですよ」と北島さんは繰り返されました。
どうすることがよいのか、幸せなのか、自分で考え自分で決めていける人が増えて欲しいですね。

子どもたちと戦争について話すとき、「戦争はいけない」という「答え」だけを提示するのではなく、何がいけないのか、どうしてそうなるのか、など、結論だけではないところにも目を向けた話し方をしたいと思います。
自分の考えを伝えるのは大切ですね。

「なぜ自分が生き残ったのか」をずっと考えながら生きてこられた、と話されました。戦争、災害、事故などで親い人を亡くされた方の言葉として、うかがう度に辛く悲しい気持ちになります。

3月例会「父と暮せば」の主人公は、戦争、広島の原爆投下後に生き残った女性。
彼女の中にもこの「生き残ったこと」についてのいろいろな思いが渦巻いていると思います。

北島さんは鹿児島の知覧特攻平和会館の設立に関わったそうです。
もう20年以上前に見学したことがあるのを思い出しました。
出撃していった特攻隊員の顔写真が壁面一面に掲示されていました。一兵隊ではなく顔が見える個人の集りなのだとあらためて感じ、立ち尽くしたのを覚えています。

今回は貴重なお話をうかがえてよかったです。
すてきな紳士、北島さんにはこれからもお元気でご活躍いただきたいです。

ありがとうございました。


byくた@三ッ沢・羽沢

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